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上京

3月の晴れた日にひとりで上京した。

大学の試験以来、2回目の東京だった。

羽田空港からモノレールに乗ると、
以前来たときは見る風景、見える風景すべてが
新鮮で、流れる景色に乗り出すくらい目が釘付けだったけど、
2回目のモノレールはやたら車体が揺れるのが気になって
なんだか乗り心地が悪かった。

奨学生会館に昼過ぎに到着すると、
女子専用の控え室に通された。

2段ベット、たたまれた布団、
ちょっとすえた色の畳の上には、その面積にしては
人口密度が多いんじゃないかと思うくらい人が座っていて
その控え室は混雑していた。

ブラインドが下がっていたからなのか、
部屋の中は薄暗くて、私の今後を暗示してるかのようだった。

みんな大きな荷物を抱えている。

ここにいるみんなが、今のところ住所不定なのか…

適当なところに腰をおろして、
なんとなく目が合った人と挨拶をかわす。

どこから来たの?
もう配属先は決まった?

上京して、泊まるあてのない人は
ここに泊まるんだね。

みんな、なかなか呼ばれない。
誰かが呼ばれると、みんな一様にはっとした表情になる。

新聞奨学生として上京すると決めてから初めて、
うっすらと始まって、じわりじわりと胸の中に
えもいわれぬ不安が押し寄せてきた。

ときどき沈黙におそわれながら、
まわりの人達と会話を進めていくと、
1度配属になった店が合わなくて、
違う店への配属を希望して待っている人が
何人かいた。

「割り振られた自分の部屋がね、3畳で隣とベニヤ板一枚だったの」

その話を聞いて、自分で住む部屋を選べない現実は
こりゃもう運まかせだな、と思った。

でも、私が自分で選んだ道だからひきかえせない。
入学金ももう振り込んでもらっちゃったから、
返すあてなんてない。
腹を決めるしかない。

会館に行けば、すぐに指示があると思っていたのに、
結局、私が呼ばれたのは夕方近くになった頃だった。

「君の大学はこのへんだから、この店ね」

他に選択の余地はないらしく、言われるがままに
よろしくお願いします、と頭を下げた。

会館を出る頃にはもうあたりはすっかり暗くなっていて、
同じ方面に配属になる人達がかたまって移動することに
なった。

配属先への移動途中、新宿のデパートのレストランで
夕食を食べた。

私は、えびチリ定食を注文した。

ずらっと並ぶ十数人の中で、私が注文したえびチリ定食は
一番最初に運ばれてきた。

みんなが私を一斉に見た。
なぜか渡されたおぼんを持つ手がぶるぶる震えた。

みんな知らない、顔、顔、顔。

えびはプリプリしていて、美味しいはずなのに、
まるで味がわからない。

東京に来たんだ。
知ってる人が近くに誰もいない
東京に来てしまった事実を痛感した。





新聞奨学生になったきっかけ

好きな人がいた。
その人を追いかけるかたちで、東京に出てきた。

高校3年生の秋まで、自分が地元を離れるなんて
想像も出来なかった。

ましてや恐ろしくて1度も行ったことも行こうとも思った
ことがない『天下の東京』に自分が住むなんて本当に
ありえなかった。

でも、追いかけてしまった。
勢いで。

高校のときに付き合っていた人は、
関東の大学への推薦入学が初秋には決まっていた。

私は父親が失業してしまったこともあって、
3年になった春先には大学への進学をほとんど諦めていた。

「あ~来春には離れ離れになるんだなぁ」

実感は沸かなかったけど、遠距離恋愛には
自信がなかった。

10月の初め頃、高校のサンルームに
「新聞奨学生募集」のポスターが貼ってあるのを見て
本当に軽い気持ちで即「これだ!」と思い、
親にも相談せず、応募した。


奨学会から入会希望の用紙が届いてすぐに
必要事項を書いて速達で返信した。

それからまもなく、高校にわざわざ奨学会の方が
訪ねてきてくれて、親切に説明を受けた。

「これだ!」と思ったら、もうそれしかありえない。

高校の先生からの説得も、
父親からの猛烈な反対も、
もう私の耳には入ってこない。

入れるんなら、大学はこの際どこだっていい。
もらえる奨学金が多い大学に決めた。
一応他も受けたかったが、受験料の3万5千円が
高すぎる。。

進学クラスにいるとはいえ、全然勉強してない。
大学に受かるために勉強しないと!

東京、東京、東京、
大学、大学、大学。

あんなに怖がっていた『天下の東京』なのに
不思議と不安は全く感じなかった。

東京に出れば、彼の近くにいれる。
東京に出れば、親に迷惑かけずに大学だって行ける。

新聞配達?
なんかピンとこないけど、ポストに新聞、いれればいいんだよね?

前途揚揚。待ってろ東京。

大学に無事受かって、出発の日。
親は空港に見送りにはこなかった。

東京で住むところ?まだわかんないよ。
東京に行ったら連絡するよ。じゃぁね。
ちょっとそこまで遊びに行くみたいに家を出た。
ボストンバックひとつ持って。

新聞配達するだけで、
東京に住めて大学にも通える。
おいしい条件にめぐりあえたもんだ、て
その時は疑う余地もなかった。

新聞奨学生だった私

私は大学生時代、新聞奨学生として奨学金をもらうかわりに
働きながら大学に通っていた。

現役のときも日記を書いていたけど、
今、大学を卒業して数年が過ぎて、思い出されることを
あらためて書いてみたい。

とても自己満足なブログで申し訳ありませんが
よろしくお願いします。

いつも、どこかで、誰かが頑張っている

子供を産んでからここ最近、
日中は四六時中抱っこしてないと泣いてしまうので、
家族が寝静まった深夜に家事をこなしている。

台所に立って煮物をグツグツ煮ていると、
窓の外から、新聞を配るカブのあの独特の一定音が
聞こえてくる。

ブー、ガチャン、ブー

数年前までは、全く逆の立場だった。

新聞を配りながら、もう深夜3時なのに
まだ明かりがついている家の窓を見上げて、

「夜更かししてんのかー」と
羨ましく思ったり、まったくもう、と思ってしまったり、
明かりがついてて人がまだ起きている気配を感じて
少しホッしたりしていた。

私の家の明かりを見て、外で新聞を配っている人が
どう思ってるかは定かではないけど、
みんな寝静まった深夜に、ひとりキッチンの明かりだけで
煮物を煮ている私は、
新聞屋さんが新聞を配っている気配を感じて
なんだか癒されたりしているのだ。

いつも、どこかで、誰かしらは頑張っているのだなーと
励まされたりするのだ。

人生って、どういう風に転がるか、ホントわからない

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ………


注):人生転がってる音

はい、
相変わらずすごい勢いで転がって、
最近ようやく落ち着いてきたかなぁ~というか、
ガツガツ動きたくても身動きがとれない状態の
ぴょんきちです、ども。

えー、ついこの間、子供が生まれまして
抱っこばかりしてるんで、まったく身動きがとれないんですよ。
腕に赤子を抱えたまま、下半身だけの力であれこれ移動してる
んで腰が痛い毎日です。イタタタ…

そうそう、そうなんです。
約1年ちょっと更新をさぼってる間に
転職、結婚、妊娠、出産を経験して、
今は「お母さん」っていう新しい仕事に従事しています。

私が新聞奨学生をしているときに思い描いていた
私の27歳の地図は(言い回しが古っ)
仕事をバリバリこなして、お金を稼いでるであろう
姿でした。

私の父親は仕事も長続きしなかったりして、
うちの家ははっきり言って貧乏でした。
そんな理由もあって、上京して奨学生をやってて、
死ぬ気で卒業したら、絶対ガツガツ稼いでやる!
「自分の力で銭を稼いで、生き抜いていく!」って
信じて疑ってなかったです。

だって、もう貧乏は嫌だし、ひもじい思いしたくないし、
ある程度のお金を常にもってないと不安だし、落ち着かない。
だから稼ぐ!

首の皮一枚でギリギリ卒業して、いざ社会人になって
スタートダッシュは志そのままに成功したようです。
ガツガツ働いて、銭稼いでました。
かわいげは、皆無であります(笑)
働く暴走機関車、諸刃の剣(笑)

120%くらい、自分にある限りのエネルギーを仕事に
注入して、フッラフラになって帰宅して、ただ寝るだけを
繰り返してました。

そんな自分が、今や専業主婦です(笑)
朝の連続テレビ小説をみるのが毎日の楽しみです(笑)

人生って、あっちにゴロゴロ、こっちにゴロゴロて
あれこれ転がりながら進むものだろうけど、
私の場合はS極からN極へノンストップ超特急で
ゴローーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
て転がって、落ち着きました(^^)

ころがって初めて、わかったことが2つあります。

1つは、本当のお金の価値。

何年かぶりに誰かのお金で(まぁ旦那の金で)生活させてもらって、
ギリギリの予算の中であれこれ節約を考えて、やりくりして、
最初は絶対私が仕事しなきゃ無理!!って思ってたけど、
案外やれるもんでした。
お金がなくても、けっこう平和に暮らせるもんだわって。

2点目は、うちが貧乏だったっていう過去の話のニュアンス。

たしかに貧乏だったけど、
父親が家に居ることが多かった分、
面白い本を教えてくれたり、ニュースの見方を教えてくれたり、
一緒によくナイターみて、あーでもないこーでもないって
よく話をしたなぁって、楽しい思い出ばかりがうかんでくる。

お金がなくてみじめだったってことは本当だったかもしれないけど、
その分、違うものを得ていたのかなぁって今更ながらに思う。
そう10年ぶりに思いなおして、その気持ちを父と母に宛てて
手紙を書いたりした。

仕事バリバリしてたとき―
手紙書く時間も惜しかったなぁ。

人はゴロゴロころがって、
ちょっとしたきっかけで
過去への認識もかわってしまう。
思わぬところでちょっと得した気分。

本当に人生ってどう転ぶか、わかんない。

これから起こる
いいこともわるいこともまるごと受けとめて
一生懸命転がっていきたい。





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プロフィール

ぴょんきち

Author:ぴょんきち
未就学児2人を子育て中です。うっかりものの母ですが、自分も子供と一緒に成長していきたいな、としみじみ思う今日この頃です♪一度きりの人生、楽しまないとソンソンソン♪だな、と。

新聞奨学生をしながら葛藤していた大学時代の痛すぎる(笑)過去日記もひっそり公開中。

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