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父と娘。

「おまえが男だったらなぁ」というのが私の父の口癖だった。

昨日実家に電話した際に、父と世間話をした。

アメリカのアフガニスタンに対する空爆が続いているが、
その話題で、かなり熱く真面目に話しをした。

父は18の頃から、イスラエルに留学していたので、
アフガニスタン、パキスタン、トルクメニスタン、インドなども、旅のルートで、
実際アフガニスタンのカブール・ジャララバードにも滞在したことがあるそうだ。
何十年も前の話ではあるが、、「良いところだったのになぁ・・」と
声を低める父が、とてもさびしげに感じられた・・・
「父と娘。」
穏やかに世間話ができるようになったのは、ここ数年の間のことである。

高校3年の時、新聞奨学生しながら大学に通うことを、
父は猛烈に反対した。

半ば勢いで進路を決めて、「親の世話にはならんよ」と豪語する娘に
納得のいかない父。
親の気持ちも露知らずで、一度勢いよくついた火を貫き通そうとする娘。

顔を合わせるたび、平行線の親子ゲンカであった。まさに冷戦。

2月のはじめ、そんなくすぶり続けていた2人の火がパチン!とはじけた。

殴り合いのケンカである。
後にも先にも、あれだけ人と拳を交えたのは、あの時が一度きりだろう。

相当殴られ、ボッコボコにやられたのだが、
父親を初めて殴ってしまったという痛みの方が激しかった娘。

娘に応戦され、「あいつが男だったらなぁ」とつぶやいた父。

似た者親子の意見の相違の闘いは、拳を交えるという型破りなやり方で、
けっこうあっけなく幕を閉じた・・・と思っているのはこの父と娘だけで(笑)
「あの時はとんでもなかったね!」と今だに母に言われてしまう。

あれから5年。今、父は最大の理解者である。
新聞奨学生である自分を、熱く応援してくれている。
帰郷した時などは、2人で決まってナイターを見て、野球談義。
政治や社会情勢の話題で、ビールを飲みながら長々と熱く語り合う。
そのたびに、「おまえが男だったらなぁ」とつぶやいていた父も、
さすがに娘が23歳にもなると、、

「おめーそんな調子じゃぁ嫁にいけんよ。もっと女らしくしないと」
とブツブツ言ってくるようになった。

この間、相方と一緒に帰った時など、
「こんな男まさりに育ってしまって、親の責任です。」
と相方に本気で言っていたらしい。・・・・・ぐえっ(--;)

父と娘。
このヘンテコに面白く時に激熱な関係は、これからもずっと続いていく(笑)




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ぴょんきち

Author:ぴょんきち
未就学児2人を子育て中です。うっかりものの母ですが、自分も子供と一緒に成長していきたいな、としみじみ思う今日この頃です♪一度きりの人生、楽しまないとソンソンソン♪だな、と。

新聞奨学生をしながら葛藤していた大学時代の痛すぎる(笑)過去日記もひっそり公開中。

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